オーストラリアの姉妹校、Ravenswood School for Girls より、VickieさんとMillieさん(愛称)という2名の留学生を迎えました。  2人は11月12日から12月7日までの間、短期交換留学生として本校で学習をします。高校2年生の授業、特設の日本語授業をはじめ、校外学習として大阪城見学や被爆地広島への訪問など、幅広い経験を楽しみながら学習を進めています。また、高校の英語礼拝や中学校の弁論大会などでクリスマスについてのスピーチを英語で行うなど、生徒の国際理解を深める大切なはたらきを担っています。

姉妹校留学生2012

留学生の英語によるスピーチ(概 略)

Vickie さん

私の家族は仏教を信じていますが、私自身は、母校のRavenswood校が(女学院と同じように)キリスト教の学校なので、その学校に入学してからキリスト教に触れるようになりました。でもよく考えてみたら、私は小さい頃からクリスマスを特別なものとして考えてきました。クリスマスはたとえ私たち仏教徒の家族にとっても、楽しいとても大切なものです。今日は、オーストラリアと、私が小学校時代を過ごした中国でのクリスマスの思い出をお話したいと思います。
 中国でのクリスマスは、それ以前に過ごしていたオーストラリアのクリスマスと同じくらい楽しかったです。おばあちゃんがクリスマスツリーを飾り、お母さんはいつも沢山のプレゼントを用意してツリーの木の下においては、家に来る子どもたちに分けていました。私自身が一番楽しみだったことは、勿論サンタ・クロースです。ある年、私は『たまごっち』が欲しいと思っていました。そしたらどうでしょう!その年のクリスマスの朝目覚めたら、『たまごっち』が私の靴下の中に入っていたのです。勿論今では「サンタさん」の正体が誰かは知っています。けれども今でも私は、心の中にサンタさんは住んでいると思っています。
 数年後オーストラリアに戻ってからは、友達が離れた地域に住んでいたので家で集まることはせずに、学校の教室を飾りつけしたり、友達とカードを送りあったりしてクリスマスを楽しんできました。オーストラリアで高校生になった今でも、クリスマスの時期は学校が休みになるので、毎年中国に戻って旧友や親戚皆で集まり、クリスマスのお祝いをしています。クリスマスは私にとって家族や親戚の暖かさを再確認できる時なのです。
すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」 ―ルカによる福音書2章9節から12節―
確かに、私はキリスト教徒ではありません。でも私はキリスト教に敬意をもち、母校のRavenswood校の水曜日の礼拝をとても楽しんでいます。そして、クリスマスが私たち一人一人にもたらしてくれる大きな喜びに感謝しています。私は、イエス様が私に教えてくれたこと全てに対しても感謝しています。
皆さんにとってもすばらしいクリスマスでありますように!


Millie さん

幼いころから、12月25日は私にとって1年の中で最も楽しみな日でした。その日のために、家のリビングはきれいなライトやモールで飾りつけをされ、また町中もクリスマスソングや様々なデコレーションで美しくなります。私は、よくこの時期に、弟や妹と一緒に母に連れられて買い物に出かけ、サンタクロースと一緒に写真を撮ったり、きれいなガラス越しに人形劇を見たりしました。家の外側を飾りつけした後は、家族と一緒にシドニーの街中をドライブし、どの家のデコレーションが一番すてきか見て回ったこともあります。そしてもちろん、クリスマスその日の朝は、まだ薄暗いうちから目覚めて、サンタさんからのプレゼントを発見することが一番の楽しみでした。その後は、おばあちゃんの家に皆で行って、そこでも子どもたちは祖父母や親戚から沢山のプレゼントをもらいました。子どもにとっては、プレゼントをもらうことが、クリスマスの何よりの楽しみであったことは言うまでもありません。
 ただ、その後より成長してからは、私自身の物事の考え方や、社会に対する見方が大きく変わり(それらはより複雑になり)、かつての子ども時代のように純粋にクリスマスを捉えることもできなくなってきました。数年前、私はクリスマスとは本当に何を意味するのか、を疑問に思うようになりました。もちろん、私はクリスマスはイエス様が産まれた日であり、プレゼント交換をするだけ以上の意味のあるものなのだ、ということは感じていました。でも私は、まだクリスマスが私自身に本当に意味するものが何であるのか、その本当のところの意味を自分はわかりきっていないと感じていました。
出エジプト記20章12節にこうあります。「あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。」――旧約聖書からのこの言葉は、たぶん、私にとってのクリスマスの意味を一番よく言い表しているように思います。そして、それは、多くのほかのオーストラリア人にとっても同じなのではないかと思います。つまり、家族や、自分が持っているもの(与えられているもの)に感謝をするということです。クリスマス前に私たちがしてきた多くのこと――買い物も家の飾りつけもプレゼントの準備も――全ては、家族が、つまり父と母が、私や兄弟の成長と幸せをどれほど深く願って祈っていてくれるかを示すものだと思うのです。
 このように、オーストラリアでのクリスマスは、私がクリスマスの時期だけではなく、いつでも自分の家族に感謝することを教えてくれたように思います。私は自分のことをこれだけ思ってくれる家族がいて、本当に祝福されていると思います。私は決してそのことを忘れないようにしたいと思います。