制服
1971年ブレザーコート、ジャンパースカートの制服を制定し、中高新1年生より着用しています。制服の制定は、生徒・保護者・卒業生・教職員のアンケートにより決定し、生地・色・デザインは、生徒の意見により決めました。
制服物語

制服の胸のエンブレムは、聖書に出てくる『十人の乙女』のたとえ話(マタイによる福音書25章)を図案化したものです。
このエンブレムには、大阪女学院で学ぶすべての人たちが、それぞれの人生の中で、本当に大切なものに目を向け、神様のお導きにいつも心を開くことができるようになって欲しい、確かな信仰を持って歩んで欲しい、という願いが込められています。


星のように明るく輝いて
星の形をした校章が、いつ定められたのか、またなぜ星の形になったのか、その由来を明記した資料は残っていませんが、1900年頃にはすでに用いられていましたので、創立して間もない頃に制定されたものと考えられます。また1940年(昭和15年)までは、星の中に「維耳美那」(ウヰルミナと読む)と漢字で校名が書かれていました。
星は、マタイ福音書によれば、博士達を幼な子イエスの生まれた所まで導きました。そこで私達をキリストに導き、真理に導くという意味を持っています。
ヨハネ黙示録2章と22章では、イエスを「明けの明星」と表現しています。またフイリピの信徒への手紙2章に、暗く、不正の多い社会の中で、星のように明るく輝く生活をするようにと書かれています。
星の形が校章に用いられたのは、おそらくこの様な意味をもっているのだろうと思われます。

校歌は、1960年(昭和35年)11月に制定されました。作詩は、由木康牧師で、讃美歌の作者として有名な先生です。 1節は大阪女学院の環境が歌われています。「えのき」はプールサイドに茂っている大きな木で、明治21年に大阪一致女学校がこの地に移って来た時すでに大きく茂っており、戦争で学校が全焼した後にも枯れずに、学校の歩みとともに100年、大空に枝を伸ばしています。 2節はヘール先生、ガーウィン先生を初め、多くの宣教師達が太平洋を越えて、キリストの精神を伝えに来られた学校の歴史を歌っています。 3節は「平和のきみ」であるイエスの教えに従って、愛と奉仕の精神で生活するようにと、大阪女学院の精神を歌っています。
作曲は大中寅二先生で教会音楽家として多くの讃美歌を作曲された方で、明治42年に卒業し同窓会長をされた故坂田 京氏のご兄弟です。
大阪女学院の歌 由木 康 作詩 大中寅二 作曲

- 生駒の山を 東に望み
浪華の海を 西にして
古きえのきの 茂れる丘に
朝日をうけて そびえたつ
われらの大阪女学院
われらの大阪女学院 - 太平洋を 越えてきたれる
良き師の祈り うけつぎて
日に新たなる 真理をまなび
こころをみがき 身をきたう
われらの大阪女学院
われらの大阪女学院 - 平和のきみの みあとをふみて
たがいに重荷 わかちつつ
愛と奉仕の みわざを励み
清けきかおり 世にはなつ
われらの大阪女学院
われらの大阪女学院





